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諸葛八卦村−大公堂

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 大公堂は、諸葛八卦村の中心である鍾池に面して、建てられています。大公堂は、中国江南地方唯一の諸葛孔明記念堂で、諸葛孔明を神として祀るとともに、年に2回諸葛亮祭りを開催しています。
 入口の「武」と「忠」の字については、「武」の字は劉備玄徳が封じた「武郷候」から、「忠」は劉禅が諸葛孔明の死後その功績を称えて封じた「忠武候」から、それぞれ一字ずつ採ったとされています。
 大門牌楼式といわれる立派な門を入ると、奥行きも広く、建築面積は700u以上もあります。
 大公堂は諸葛八卦村の中心である鍾池に面していて、また、いかにも諸葛孔明らしい「武」と「忠」の字が門に書かれていること、さらには、あの有名な諸葛孔明の誡子書が掲げられていることから、諸葛八卦村観光のハイライトと言って良いかも知れません。


 大公堂に掲げられている「隆中雲〔示及〕」の字。〔示及〕とは、「福」とか「幸せ」という意味です。隆中は、劉備が関羽と張飛を連れて、三顧の礼で諸葛孔明を迎えに行った場所です。隆中という地名が出てきていることが、この村の諸葛一族が、諸葛亮の子孫であることの証しだとされています。実際に、この4文字がこの村にあることが、諸葛八卦村に住む諸葛一族が諸葛孔明の子孫であると認定された一つの裏づけにもなったそうです。




 この大公堂には、諸葛一族の系譜も掲示されています。珪を第一世として、二代目に諸葛瑾、諸葛亮と諸葛均が記されています。諸葛亮の子孫は蜀の滅亡までに、子の諸葛瞻や孫の諸葛尚が戦死していますが、当時、年少であった諸葛京(諸葛瞻の子)は移住させられたものの、命までは奪われなかったとされています。諸葛孔明の子孫が「浙江諸葛氏」として、生き延びてきた経緯については、「諸葛八卦村とは」をご覧ください。


 有名な誡子書が掲げられているのも、この大公堂です。
 誡子書を直訳すれば、子を戒める書ということになります。誡子書は、子孫に向けて諸葛孔明が残した書です。諸葛家の家訓と言っても良いと思います。
 私はこの中で、「無欲であることで志が明確になり、冷静でなければ道は遠い。(大志は成し遂げられない)」という部分が好きで、自分にも常に言い聞かせているフレーズです。

夫君子之行,靜以修身,儉以養半
非澹泊無以明志,非寧靜無以致遠
夫學須靜也,才須學也。非學無以廣才,非志無以成學。
淫慢則不能勵精,險躁則不能治性
年與時馳,意與日去,遂成枯落,多不接世,悲守窮廬,將復何及。

○和訳

君子は静かに身を修め、質素に徳を養う。
無欲であることで志が明確になり、冷静でなければ道は遠い。
学問は静から、才能は学から生まれる。
学ぶことで才能は開花し、志がなければ学問の完成はない。




 大公堂の奥に飾られている諸葛孔明の画です。第51世の諸葛衛さんの作です。
 諸葛孔明の画の周りに書いてある語は、何を意味しているのでしょうか。

 画の上は、「勲高管楽」と書いてあります。「管」は春秋時代の斉桓公賢相である管仲を指しています。「楽」は戦国時、燕昭王大将だった楽毅です。 意味としては、諸葛孔明の勲は、管、楽の二人より高いということだと思います。
 下には「諸葛大名垂宇宙、宗臣遺像粛清高」と書いてあります。意味としては、諸葛孔明の高名は天地万物にまで響き渡っており、諸葛孔明の生前の肖像が、粛然で、清廉公正で、高大で、みんなに尊敬されているということだと思います。

 諸葛八卦村に住んでいた諸葛孔明の子孫たちは、この大公堂で、一族の名を高めたこの先祖への尊敬を高め、また、彼が誡子書の中で示した生き方を誠実に守り通してきたわけです。


 諸葛亮孔明の画の下に書いてある武侯公(諸葛孔明)の紹介文です。劉備玄徳、劉禅父子に仕え、南征北戦などを通じ漢室の復興に努めたことや、魏との戦いの最前線である五丈原で病に倒れたことなどが記されており、劉備から「武郷候」の名を、劉禅から「忠武候」の諡(贈り名)を封じられたことなども紹介されています。
 また、その死後も、人々の尊敬を集め、三顧堂や武侯祠などが建立されたことなども記されています。
 この大公堂では、旧暦の4月14日(諸葛孔明が生まれた日)と8月28日(諸葛孔明が逝去した日)に大祭が催されます。諸葛孔明を、まさに神として祀っているわけです。


 大公堂は、村が建設された時代、すなわち元の時代に、諸葛大獅が建てたものです。諸葛大獅は、この大公堂(諸葛孔明を祀る祖廟)を建設することで、諸葛一族の結束を高めたかったに違いありません。
 その後、大公堂は何回か修復されていますが、瓦や柱等への木彫り装飾を見ると、薬業等で豊かな諸葛一族だけに、さすがに見事なものがあります。

 諸葛八卦村が、浙江諸葛一族の結束を高め、村として600年以上も当時の姿そのままに村を維持してきた理由の一つに、この大公堂や諸葛一族の祖廟である丞相祠堂の存在があるのだと思います。


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誡子書がある大公堂

村の中心、鍾池とその周辺

古商業街

漢方薬の天一堂
諸葛八卦村の街並み
民居(四十八代宗主との対面)
諸葛八卦村の食堂で昼食


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