北朝鮮の「将軍別荘」とは |
丹東は中朝国境にある中国側の街です。丹東を流れる鴨緑江の対岸は北朝鮮の新義州です。ですから、丹東まで来れば、鴨緑江越しに北朝鮮が見えるのですが、丹東市の中心にある鴨緑江大橋の付近の対岸は、すなわち北朝鮮側は、一般人は立ち入れないようになっているようで、人の姿が全く見えません。 そこで、鴨緑江沿いに自動車を10分ほど走らせたところから、小型ボートに乗り、北朝鮮に接近するコースをとりました。このボートは北朝鮮領土の5m先位まで近づいたり、軍の施設があると少し離れてみたりしながら、鴨緑江を走ります。モーターボートなので揺れが大きい点が写真を撮る私にとっては不満ですが、とにかく私たちが見たいところを探して連れて行ってくれるのは助かります。 |
ボートに乗ったあたりからの北朝鮮側の風景です。鴨緑江大橋から5qくらい離れたところですが、民家らしき建物は見えません。広々とした北朝鮮の領土が見えるだけです。 |
ボートは北朝鮮領土にぐんぐん近づいていきます。 この建物群は民家かと思う方もいるかもしれませんが、民家がこんなに立派なはずはなく、実は「将軍別荘」と言われている建物です。軍のお偉方が住んでいるようで、この建物からですと、中国・丹東の街並みも見える場所です。すなわち脱北したくなるような場所ですから、一般人民は住まわせないのでしょう。 |
日本の建売住宅のような建物が並んでいます。中国から見えるところに建てた建物ですから、見栄で立派な建物を建てているのだという説明が、中国人の方からありました。 |
ボートが北朝鮮領土にかなり近づいたので、看板の撮影にも成功しました。「将軍様、万歳」とでも書いてあるのでしょうか。 |
将軍別荘の隣には、一般兵士の宿舎らしきものも見えます。このあたりは兵士の姿も見えましたが、ボートの運転手からはカメラを没収する言いがかりをつけられる原因になるから、兵士を絶対に撮影するなとのアドバイスがあったため、兵士の撮影だけは断念しました。私が日本人だからではなく、中国人でもカメラを没収されるケースはよくあるようです。 |
大きな建物が見えます。ガラス工場だそうです。 ボートのドライバーの説明によれば、北朝鮮にはガラスのない住宅が多く、冬の寒さに耐えられないということで、中国が技術指導して数年前に建てたものだそうです。しかしながら、現在は電力不足が原因なのか、材料不足が原因なのか分かりませんが、稼働していないそうです。 先ほど紹介した将軍別荘でさえ、ガラスのない窓が相当多いのだから、民家に至ってはガラス窓などないに違いないというのが彼の説明でした。 |
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鴨緑江のボートから見る北朝鮮の人々 |
夕方の5時になりました。特に音楽とかサイレンとかは聞こえませんでしたが、北朝鮮の農民たちが畑から帰っていくようです。持参した望遠レンズではこの程度までしか写せません。何せ、バートは波で大揺れですので、カメラ撮影には結構苦労します。 |
こちらの二人も牛とともに帰路にあるようです。 それにしても、北朝鮮内の畑はあまり開墾されていない感じがします。やせた土地で手作業と牛馬を使った昔ながらの農業が行われているという感じです。気候や地質がほとんど同じはずの中国・丹東の畑では、野菜が見事に育っているのと比較するとよく分かります。 |
牛がリヤカーを引いて自宅へ帰るところです。リヤカーも重そうな旧式なものです。この二人に関して言えば、服装もしっかりしているし、体格を見ても栄養は足りている感じがします。 |
こちらは、川べりでたたずむ女性です。 この日は6月中旬で気温は30度近くあったので、私たちは半袖のシャツを着ても暑かったのですが、この女性は長袖のしかも厚手のジャケット風のものを着ています。農作業をしているのですから私たちよりも汗をかいたと思うのですが、この服装には違和感があります。 彼女の後ろには籠があります。自宅からこの籠を背負って農地まで歩いてくるのでしょう。籠の横にあるのは、ボートからは荷物のように見えましたが、写真を見ると男の人が横たわっているみたいですね。彼女のご主人でしょうか。労働でぐったりとしているかのようです。 |
北朝鮮の子供たちが私たちのボートに声をかけてきます。何かを欲しがっているのかも知れません。ここにいる子供たちは、自分の国の貧しさを中国と比較してわかっているのですが、それが何に起因しているかについてはまだわからないに違いありません。また、それがわかる歳になれば、すでに思想教育で染められた心が、グローバル・スタンダードを拒否するようになってしまうかもしれません。 国境を監視する兵士については何度も見かけましたが、絶対にカメラを向けないようボートの運転手から注意を受けていましたので、写真はありません。ただ、その国境を監視する兵士の中にも、「煙草を一本くれ!」と中国語で叫ぶ者が何人もいたことは、今の北朝鮮軍の末端での組織の緩みを感じさせるものでした。 |
少年たちをアップすると、なるほど朝鮮系の顔をしています。日本だと小学校の3・4年生くらいでしょうか。この岸辺まで来ると、中国の観光客からお菓子やおもちゃなど、何かもらえたことがあったに違いません。物欲しそうな目で私たちが乗るボートを見つめています。 |
後ろの二人も、分け前にあずかろうと急いで岸辺に降りてきます。しかしながら、私たちのボートは岸辺からどんどん離れてしまいます。 私たちを追いかけるように岸辺へ降りてきた4人の子供たちに手を振った私たちですが、彼ら4人の子供は恨めしそうに我々を見つめるだけで、手を振って返すことはありませんでした。 |
北朝鮮側には、至る所に歩哨待機所が見えます。 この狭い建物は、国境を見張る軍人が待機する場所です。裏手に見えるのは民家です。ここの歩哨の主たる役割は、国外からの不法侵入者を取り締まることではなく、国外へ抜け出す人民が出ないように見張ることではないでしょうか。外を警戒するのではなく、中を監視することが所要任務なのです。 この歩哨待機所の多さに、今の北朝鮮が置かれた状況を見ることができます。 |
丘の上に立っていた建物ですが、ここは数人は入れそうな広さがあります。ここなんかは、外敵の侵入がないように見張るためのものだという気がします。だからなのかもしれませんが、最近は使われているような気がしません。 |
そして、鴨緑江沿いの山の上にも、見張り小屋が建てられています。この見張り小屋はもっぱら外敵を警戒するためのものでしょう。 また、写真は撮りませんでしたが、途中、女性二人が鴨緑江で髪を洗っていました。北朝鮮では、飲み水も鴨緑江の水をそのまま飲んでいるそうです。そんなボートの運転手の説明の中に、北朝鮮の人々の追いつめられた貧しさが強く感じられた30分間の遊覧でした。 |
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北朝鮮グッズの販売船 |
遊覧船が停止して、遊覧船の船尾に小さなボートが横付けされています。北朝鮮軍のチェックかと思いましたけども、よくよく見るとボートには軍服を着ていない人が1名しか乗っていません。これは、北朝鮮グッズを売る北朝鮮の人の船なのです。 私たちもそのボートを手招きして呼び寄せ、恥ずかしながら私も北朝鮮グッズセットを買ってしまいました。そのグッズセットには、北朝鮮の紙幣、タバコ、茶碗、箸等々が入っていて、我が家では意外に高い評判を得ています。 このボートのおじさんの話では、自分は北朝鮮軍の了解のもとで鴨緑江で北朝鮮グッズを販売しているとのことで、北朝鮮軍お墨付きのバイヤーだということになります。 |
北朝鮮グッズは、丹東市内でも、特に観光客の多い鴨緑江大橋付近で販売されています。上の写真のように路上の露店でも売られています。しかし、価格は自称北朝鮮軍お墨付きバイヤーの方が安いようです。 |
今回、私たちは鴨緑江でボートに乗ったわけですが、このボートの手配は言葉ができないと大変でしょうから、中国語が十分に離せない方は、上の写真の観光フェリー乗場から遊覧船に乗船することをお勧めします。 観光フェリー乗場は鴨緑江大橋付近にあります。詳しくは、中朝国境、鴨緑江大橋のページを参照してください。 |
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