虎山長城の概要と行き方 |
万里の長城というと日本人なら誰もが北京を思い浮かべますが、万里の長城は北京だけでなく「万里」に築かれた防衛のための城で、秦の始皇帝が築いた長城が時代の変化とともに、長くあるいは多重に増強されている歴史があります。 ここ虎山長城は、1469年に明の政府により女真族への防衛線として築かれたもので、1990年代に発掘され、その後の専門家による考察などを経て、2009年に国から正式に万里の長城の一部であるとの認定を受けたものです。 虎山長城は、遼寧省の丹東市といって、北朝鮮に隣接している都市にあります。虎山長城も北朝鮮国境に面しているので、長城歩きを楽しむとともに北朝鮮も間近に見学できるという二つの楽しみ方ができるのです。 |
虎山長城への行き方は次の通りです。 ○丹東市への行き方 大連か瀋陽からバスに乗ります。大連の方が若干近いようです。大連から丹東方面に行く長距離バスの時刻表はこちらにあります。高速道路で約300qの距離を走るのですが、大連市内の渋滞ですとか途中ののサービスエリアでの休憩時間なども考えると約5時間かかると考えた方が良いと思います。 ○丹東から虎山長城へ 丹東市中心部から約20q離れています。タクシーで行くか、観光遊覧船で行きます。タクシーなら30分かからずに行くことができます。遊覧船については丹東市内、鴨緑江大橋付近にある観光フェリーターミナルから出ていることは知っていますが、価格や所要時間等についての情報は持っていません。 |
上の図は虎山長城の案内図です。写真をクリックすると大きな図が別ウインドウで開きます。これを見ていただきながら、この虎山長城の楽しみ方を理解してください。 入口は図の左下になります。稜線に沿って虎山長城が続き、10号から1号へと砦が続いていて、三号砦が山頂になります。この順番に長城を縦走するだけが虎山長城の楽しみ方ではありません。 10号砦から8号砦まで長城を歩き、そこから北へ歩くと(図では上の方へ歩くと)一歩跨ぎという地点になります。一歩跨ぎのあるところを流れている川が北朝鮮との国境線で、この国境線に沿ってハイキングコースが一号砦まで伸びているのです。 したがって、本来は、10号から1号まで長城を歩き、一号からハイキングコースで一歩跨ぎへと回り、8号砦から入口に戻るというのが、設計者が想定したコースなのだと思います。けれども、ここは長城もハイキングコースもアップダウンがかなりあるので、体力的には結構きついものがあります。ですから私たちは、今回は10号砦から8号砦へと歩き、一歩跨ぎからハイキングコースで1号砦へ出て、そこから外の平坦な道で入口に戻ることにしました。 では、私たちの通ったルートを写真で紹介します。 |
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虎山長城は「万里の長城」の東端 |
これが虎山長城の入口です。城門もあってなかなか雰囲気があります。とは言っても、まだ新しく建造されたばかりなので、歴史を感じさせるような貫禄には欠けています。いずれにしても、この城門をくぐって、虎山長城へと進むわけです。 |
虎山長城は最近整備された長城ですので、大変歩きやすくなっています。北京周辺の長城に比較すると観光客も少ないですから、長城を見るなら穴場ですね。左側が女真族の領地方向で、弓が打てるようになっています。右側は明の領地方向ということになります。 |
下の方にある砦から見る風景です。歩きやすいと言っても、上の写真にあるように山の頂上に砦があり、その砦まで行って反対側に下りるというコース設計になっていますから、かなりの体力を必要とします。 |
北京周辺の長城と同様に、虎山長城もこのようにアップダウンが続きます。私は何回か北京にある長城にも行っていますが、雰囲気は全く変わりません。ただ、観光客が少ない分だけ、この虎山長城の方が歩きやすいと思います。 |
砦の上です。この虎山長城には10の砦があります。どこも見晴らしが良いはずですから砦に到着するごとに上に登ると良いと思います。上の写真は8号砦で、この8号砦を過ぎたところから一歩跨ぎへと進みます。 |
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一歩跨ぎ‥‥北朝鮮に大接近 |
中朝国境の町、丹東の観光地としてのウリは北朝鮮です。 この虎山長城にも「北朝鮮が見える」コースがあります。長城の入口を入って8号砦を過ぎたところから左に入ると、「一歩跨ぎ」という北朝鮮領土が目の前にある場所に着きます。 上の写真の川を渡ったところは、もう北朝鮮領土なのです。北朝鮮軍兵士の監視がなければ、簡単に脱北できてしまう場所なのです。この「一歩跨ぎ」からこの川に沿って、北朝鮮領土内が見え続けるハイキングコースができているのです。 |
この川が中朝の国境線となっている川です。右手(山側)が中国、左手側が北朝鮮です。一番狭いところだと幅が3mもない川が国境なのです。山側に柵が見える通り、この山沿いにコースができていて、北朝鮮領土内を見ながらハイキングができるようになっているのです。 |
どのくらい見えるのかというと、もう柵のすぐ向こうで北朝鮮の農民が畑仕事をしています。昔ながらの鍬を使って畑を耕す様子を目の前で見ることができるのです。中国側では、中国人がキャーキャー言いながら写真を撮っているのを横目に、北朝鮮側では農民が黙々と作業をしています。この金網が中朝を分け、その体制の違いから著しい貧富の差を産んでいるのです。 |
中国の農業はトラクターなどの農業機械と良くも悪くも大量の農薬を使った効率の良い農業なのですが、北朝鮮の農業は昔ながらの牛を使った農業ですから、自ずと効率性や収穫に差が出ます。土地を見てもやせている様子が見て取れます。 これでは北朝鮮で食糧が不足してしまうのも分かるような気がします。 |
一歩跨ぎから始まるハイキングコースの途中から見えた北朝鮮の農村風景です。時期は5月中旬、畑の緑がもう少し濃くても良い季節だと私は思うのですが、全般的に畑の収穫量が少ないのではないかと思われるような風景です。 奥に農村の集落が見え、その手前、写真のちょうど中央くらいに小屋のようなものが建っています。 |
この建物は何なのかということで、いろいろ考えましたが、私と同行した中国の友人との間では、この建物はきっと歩哨小屋なのだろうという結論になりました。要は国境を見張る軍人が待機する場所に違いないということです。 なぜならばこの建物には、北朝鮮ではあまり手に入らないガラス窓が入っていて、しかも回転窓になっているからです。一般の農民が使用する建物であれば、ガラスなど入れるはずもなく、また、回転窓になどするはずがないというのが私たちの結論です。 中朝国境の川幅が狭いこの地域での不法入出国、特に脱北者を見張るための小屋に違いないのです。 |
この農民たちが毎日目にするのは、虎山長城に来る中国人観光客です。上の写真で柵の向こうには観光客が毎日大勢訪れるのです。その豊かさや楽しさを目の当たりにしながら、置かれた境遇の違いを感じ、自由に憧れを持つのは至極当然のことです。この中朝国境沿いには、数多くの歩哨小屋が建てられていますが、これらがなければ脱北者の数はとてつもない人数に膨れ上がってしまうでしょう。 それでも私は思いますが、国境に流れる川幅がこんなに狭いのですから、中国で手引きをしてくれる人がいれば、北朝鮮から中国内に入り込むのは比較的容易なのではないでしょうか。 |
さて、集落の方を見てみましょう。建物が密集して建てられています。送電線はあるものの、集落には電柱はありません。鴨緑江大橋付近の北朝鮮・新義州の街中でさえ、夜8時にもなると殆どの建物から電気が消え、漆黒の闇に包まれます。電気の使用が制限されているからです。ましてや、この農村まで供給するほど電気の供給量が北朝鮮にはないのは、当然と言えば当然です。 ここの集落のような農村では、恐らく夜間は月明かりと星明りしかないものと思われます。 |
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さて、ハイキングコースは上の写真のように山に張り付くようなところに作られていて、北朝鮮の風景が見えることもあって、飽きずに楽しむことができます。狭い道なので、歩くのが遅い老人や子供、女性などがいますと、コースが詰まります。でも、皆さん、道を譲りあってマナー良くハイキングを楽しんでいます。こういった点は、中国東北人の気質の良さなのでしょうか。 |
山沿いにコースを作っているので吊り橋があったり岩の下をくぐったりと、変化に富んだハイキングコースです。左側に北朝鮮の農村風景を見ながらの吊り橋横断です。 |
上の写真の通り、よく整備されたハイキングコースです。景色も良いですし、長城を歩き続けるのと比較すると、こちらの方が変化があって面白いですね。北朝鮮国境ルートは川沿いの崖づたいに吊り橋あり、階段あり、岩の間くぐりありのハードな道が続きます。この写真でいえば、右側にずっと北朝鮮領土が続きます。運動靴が望ましいですが、そうでない人も歩いています。それから、女性はスカートはやめた方が良いでしょう。 大勢の人が吊り橋を同時にわたらないように注意書きがされているため、吊り橋の手前で次の人は待っています。 |
北朝鮮の農村です。すべて平屋建ての建物です。建物には窓が殆どありません。近くで見ないと分かりませんが、かなり古そうな建物です。また、電柱などないですから、電気のない生活をしているのは間違いありません。 農家の集落の奥に川が見え、それを超えたところに二階建ての建物が見えます。何かの工場かもしれませんが、このコースはガイドがいないため分かりません。 |
ハイキングコースから鴨緑江が見えてきました。右奥が中国領で、手前が北朝鮮領内です。中国領には建物が数多く見られますが、北朝鮮内は痩せた農地が広がっています。 |
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虎山長城の山頂への登頂は断念 |
ここでもう一度虎山長城の地図を見てみましょう。私たちは、8号砦から上に行って、中朝国境の一歩跨ぎに出て、国境の川沿いにハイキングコースを歩いてきました。 今いる所は地図の右端にある長城歴史博物館です。私たちが乗ってきた車は地図左下の駐車場にあるので、そこまで戻らないといけません。戻る方法は二つ、一つは長城を山頂越えして長城ルートで戻る方法が一つ、そしてもう一つはここで敷地外に出て、少し遠回りになりますが平坦な道を駐車場まで戻る方法です。本来であれば、長城ルートで戻るべきなのでしょうけれども、時間を考え、私たちは後者のルートを取ることにしました。 |
この長城はかなりハードコースなので、長城を登ってから北朝鮮側ルートを歩けるかというと、それも疑問ではあります。因みに我々のルートで約2時間歩いていますから、本当に一周したら4時間コースです。丹東からこの虎山長城までがタクシーで30分弱ですから、丹東市内を起点にしても半日では戻ってこれないルートということができます。私たちが採ったコースが妥当な線かも知れません。 上の写真は、長城歴史博物館の屋上にあった兵士像です。誰なのか調べるのを失念してしまいました。 |
長城歴史博物館の屋上にあった大砲です。この虎山長城ができたのが1469年。明の政府により女真族への防衛線として作られたことに端を発しています。その頃使われた大砲なのか、それともその後の日中戦争などで使用されたものなのかは分かりませんが、この大きさからすると女真族対策の時代に使用されたものだと推測されます。 この長城歴史博物館には、万里の長城についての詳しい資料が展示されていて興味深いものがあります。一方で、日中戦争の資料も多く展示されていて、建物内では日本語を話すのがためらわれる気がします。しかし、中国人が日中戦争をどのように受け止めているかを知るためにも、目をそむけずに理解するようにしましょう。 |
長城歴史博物館から見る虎山長城です。この登りが山頂の砦につながる階段で、これを見た瞬間に、私たちとしては外を迂回して帰ることを決断したのでした。かなり厳しい登りが続いています。私たちとほぼ同じペースで歩いてきた家族連れは山頂の砦へと歩いていきました。階段の三分の一を登ったあたりで歩みが停まっているようです。拡大してみると、……。 |
私たちとほぼ同じペースで歩いてきた家族連れはです。かなり疲れてへこたれている様子が見えます。彼らが頂上までたどり着けたかどうかは分かりません。 頂上まで上がれば、そこからもアップダウンはあるものの、ここまできつい登りはありませんから入口まで戻れるものだと思います。 |
虎山長城の敷地を出て、外の平坦な道を歩きます。ここも畑が広がっています。様々な野菜が実っていました。よくよく見ると、こちら中国内には案山子があります。鳥などに野菜が荒らされないようにしているのです。そういえば北朝鮮では案山子も見なかったことに、その時気付きました。やはりこれも実りの差なのでしょうか。 虎山長城も、長城を見に来たのか北朝鮮を見に来たのか分からないレポートになってしまいました。つくづく思いますが、長城も体験できて北朝鮮も見れるという欲張りなコースがここ虎山長城なのです。好きな人にとっては、一日かけても価値があるかもしれませんね。 |
中朝国境の町、丹東(丹東についてはここからご覧ください) 丹東について、詳しい情報は次のページをご覧ください 丹東から船で北朝鮮見学 虎山長城と一歩跨ぎ |
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