「焼香港」というのは、永寧橋の南からすぐに右に分かれる水路を指すようですが、この水路一帯を「焼香港」と呼んでいるようです。かつては、寺院が沢山あって、香のにおいが絶えることがなかったことから、この名前がつけられたといいますが、今は寺院は一つだけとなっています。
その寺院が、写真右側にある「経堂」です。向かい側には「経堂茶楼」という茶館があります。
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この経堂では、三国志の英雄、関羽が金運(蓄財)の神様として、養子の関平、最後まで関羽に従った家来、周倉らとともに祀られています。特に、関羽とか関公とか書いてありませんが、経堂を案内してくれたガイドさんに教えてもらいました。確かに、この見事なあごひげは、「美髯公」などとも呼ばれた関羽に間違いありません。
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関羽の両脇には、二人ずつ像があって、こちらは養子の関平と家来の趙磊です。私は三国志のファンで三国志の色々なバージョンを読んだのですが、この趙磊という人は知らないですね。ガイドさんは自信を持って趙磊だと言ってましたし、紙にも書いてくれましたけど、恐らくは、四声は違うものの同じ「lei」と発音する「累」の字を使って、趙累ではないかと考えられます。
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こちらの二人は、右が家来の周倉、左が王甫です。周倉はイメージ通りですが、王甫は三国志の中ではどちらかと言うと文官タイプなので、ちょっとイメージが違うかなって感じです。この二人と関平は、麦城で関羽が呉軍に捕えられ斬られた際に、最後まで関羽とともに戦ったとされる武将です。
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経堂はあまり広くなく、すぐ見て回れますが、ガイドさんの説明(中国語だけ)がないと、何がなんだかさっぱり分からない場所です。この経堂では、天の神、地の神、水の神という3つの神も祀られています。
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朝の早い時間でしたので、他に観光客もいなかったこともあって、ガイドの若者たちが日本から来た私を珍しがって、ぜひ、ここでお祈りをしていってくださいと勧められました。ここには、絵馬みたいなものが沢山かかってますが、その中の一つが私のものです。説明を受けないと勝手が分からないと思いますので、ご参考までにお祈りの仕方を説明します。
@絵馬のような札に、姓名と生年月日(西暦で可)を書きます。
Aさらに、お願い事を一つだけ書きます。二つ書いたら、ご利益はないとのこと。
日本語でも良いかと聞いたら、ここの神様は中国語しか分からないはずとのこと。
因みに、私は「家人平安」と書きました。
B蝋燭に火をつけ、蝋燭を持って、中国語で祈り、三拝します。
以上が手順ですので、ぜひ、経堂に行ったら、皆さんもお祈りしてみてください。
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