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同里の退思園、攬勝閣からの絶景|蘇州古典園林の魅力

(2010年5月1日以来)

退思園、攬勝閣からの絶景TONGLI

攬勝閣


 退思園(1)では退思園の概要と退思園がある同里について、また、退思園(2)では退思草堂や不繋舟を中心に池の景を、そして退思園(3)では眠雲亭や天橋からの眺めを<、それぞれ紹介してきました。
 このページでは、攬勝閣二階からの素晴らしい眺めを中心に紹介します。上の写真が攬勝閣二階からの眺めです。
 攬勝閣の「攬」の字には「取り集めて持つ。手中に収める。」といった意味がありますから、攬勝閣という名前には「退思園の素晴らしい景色を一手に集めて見れる建物」という意味合いがあったのではないでしょうか。庭の設計段階から、この攬勝閣が建つ場所から、しかも二階から絶景が見れるように、池全体が設計されていたのではないか、というような気さえします。


 上の写真の中央が攬勝閣です。退思園の池の奥にちょこっとだけ顔を出しています。池の景というと、一般的には、左に亭のように突き出している水香榭や、右側にある平台からの眺めが最も良いような気がするのですが、ここ退思園に限っては攬勝閣の二階からの景色に勝るものはありません。
 そもそも、最も素晴らしい景色が見れるように建てられた建物が攬勝閣なのですから。
 庭主は、建物に名前をつけるときに自分の思いを込めることがよくあります。「攬勝閣」という名前には、よくよく考えれば眺めが良い建物という庭主の自慢に近い思いが込められているのでしょう。


 池から突き出している水香榭から見る攬勝閣です。
 開いている窓はわずか3つしかありません。ですから、攬勝閣の二階からの眺めは、誰が見ても同じ見え方をします。それだけに設計し尽くされた眺めが用意できるのです。
 このページでは、退思園の回廊を紹介し、回廊の突き当たりにある攬勝閣の二階からの眺めを紹介するようにしましょう。



退思園の回廊


 退思園の回廊には、花窓(彫刻などが入った飾り窓)があって、それぞれの窓に一字ずつ字が入っています。これはつなげると、「清風明月不須一銭買」(すがすがしい風と美しい月を買うのにお金は要らない」という句になるそうで、退思園の名前の由来である「進思尽忠,退思補過」(官として仕える場合は誠心誠意を尽くして皇帝に奉仕し、また官から退く場合は過去を反省し過ちを補う)の胸中、すなわち、退官し社会や世間のわずらわしい関係から逃れ、風や月といった自然の中に生きる庭主の心が見えるような気がします。


 ほかでも書きましたが、とかく今の日本では左遷されたり退官したりしてしまうと世捨て人みたいになってしまう人が多いようですが、退思園の庭主の任蘭生は世捨て人ではなく、隠者になったのです。すなわち隠者と は、中央の政治から身を隠しつつも心と目は今の社会に向けられ、時節が来ればまた再起をしようという熱い志を胸に秘めている人のことです。
 実際に、任蘭生は、他の官吏の讒言により退官していたのですが、退思園完成後二年後に、また復職したそうです。


 回廊を歩いたら、当然のことですが、回廊からの眺めを楽しむのが一番です。特に、退思園の回廊はカーブが多く、また起伏もあるので、同じ池に沿って同じ回廊を歩いているのに、池の景がどんどん変わります。そんな池の雰囲気の変化を楽しむのです。
 瓦を見たら、さすがに歴史を感じさせる瓦でした。また、樋は一つひとつ異なるデザインでした。


 回廊の途中には、時々、こんな洒落た箱庭があったりします。庭の隅に作られていることが多いので、見落としがちですが、石筍(竹の子状の石)などを使ったオブジェがあります。拙政園の枇杷園にある海棠春塢という建物の前庭にあったオブジェを思い出しました。


 回廊の壁側に空いている洞門(出入口)には円のものや四角のものもあれば、上の写真のように花瓶型のものやひょうたん型のものなどがあります。ここの洞門の先には、小さな石筍をメインに下小庭園がありました。陽射しの当たらない狭い空間なのですが、竹の子みたいな石筍を使うことにより、春の訪れを感じさせるような明るさを感じさせます。



攬勝閣からの絶景


 回廊を通っていよいよ攬勝閣に来ました。狭い階段を上がって窓のある部屋に急ぎます。
 そこに広がる退思園の池の景はまさに絶景です。正面に天橋、その手前に不繋舟の閙紅一舸、そして一番手前に退思草堂と水香榭の反りあがった屋根が重なります。
 池自体はほぼ円形をしているのですが、水面を見れば、不繋舟の閙紅一舸、退思草堂と水香?が水にせり出し、まさに「貼水園」としての退思園の特徴を見ることができますし、周りの木々の濃い緑も印象的です。


 もう少し視界を広げてみてみると、その印象はさらに強くなります。この写真の方が、水香?まで見えていて良いですね。
 退思園は、同里観光に来た人なら必ず立ち寄る庭園ですから大変込んでいるのですが、不思議にもこの攬勝閣の二階まで登ってくる人はあまりいないようです。この日も退思園の園内は観光客で賑わっていたのですが、攬勝閣の二階ではゆっくりと退思園の絶景を楽しむことができました。退思園に来たら、この攬勝閣の二階に上がること、それが退思園観光での私の最大のアドバイスです。



畹薌楼(退思園の居宅部分)


 攬勝閣と畹薌楼は二階部分で繋がっています。畹薌楼は退思園の邸宅部分で、二階には主人と家族が、一階には使用人が住んでいたということは退思園(2)で紹介しました。
 畹薌楼は南北二つの建物が季節により使い分けられていたのですが、それぞれの棟にある部屋は上の写真にあるような回廊で結ばれています。


 一部の部屋の中も公開されていて、当時の高級官僚の生活ぶりを偲ぶことができます。清の時代でもその末期に造られた揚州の何園で公開されている邸宅部分は中洋折衷のような感じですが、それより百年くらい古い退思園の居宅部分は、伝統的な中国スタイルです。
 上の写真は主人の寝室です。


 三時間くらい退思園を鑑賞していたでしょうか。
 退思園の紹介というとどうしても池周辺の庭園が主になってしまい、その他の部分の紹介ができませんでした。上の写真は、重要な客の接待などに使用されたとされる「蔭餘堂」です。退官した高官らしく、質実剛健な家具が印象的です。


 同里の退思園、如何だったでしょうか。
 同里古鎮は、古鎮としての趣は、コマーシャリズムで薄れてきていますが、この退思園を見るだけでも来る価値は十分です。上海観光や蘇州観光の時間を割いて、ちょっと足を伸ばす価値のあるスポットだと私は思います。(同里への行き方はこちら)